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ハッカーとはなにか?

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文:牧野武文

ハッカーは計算機の中だけの存在なのか?

ハッカーとはなにか?日本工業規格(JIS)の情報処理用語には、「高度の技術をもった計算機のマニアであって、知識と手段を駆使して、保護された資源に権限をもたずにアクセスをする人」と定義されている。

いろいろツッコミどころの多い定義だが、1994年という古い時代の定義なので、大人気ない批判をするつもりはない。しかし、それでも指摘しておきたいのは、「計算機のマニア」という部分だ。ハッカーというのは、計算機の中だけに存在するものなのだろうか。

ハッキング経験を教えてくださいーーただし、コンピューター以外で

米シリコンバレーに「Y Combinator」というアクセラレーターがある。有望な若者に出資をして起業させるだけでなく、ビジネスを成功させるノウハウも伝授するという機関だ。Y Combinatorからは、DropboxやAirbnbという世界的に有名なスタートアップ企業が誕生している。その創設者であるポール・グレアムは、起業を希望する若者を面接するときに、必ずある質問をするという。それは「あなたのこれまでのハッキング経験を教えてください――――ただし、コンピューター以外で」というものだ。残念なことに、若者たちがどのような回答をしたのかは伝わっていない。しかし、こう問われると、答えに詰まってしまう人も多いのではないだろうか。この問いだけでも、ポール・グレアムという人が、本質を捉える目をもっていることがわかる。ちなみに彼は出資するときに「ビジネスの有望性」と「創業者がハッカーであるか」の2点を見極めるという。しかも、「ハッカーであること」を優先する。ビジネスの内容については、その時点では課題が多くても、創業者がハッカーであれば斬新なものに転換していくことができるからだという。

システムを捉える目をもった人。それがハッカー

ハッカーとは「計算機のマニア」だけではない。この世の中のすべてはハックできる。ハッカーとは「事象をシステムとして捉えることのできる人」だ。システムとして捉えることができれば、脆弱性や痛点が見えてくる。そうなれば、その痛点を解消する手立てや利用する手立てを考えることに自然につながっていく。例えば、20世紀科学の巨人、アルバート・アインシュタインは間違いなくハッカーだった。彼は古典物理の世界をシステムとして見たときに矛盾を起こす痛点を発見した。それを解決するために、驚くべきことに古典物理の根幹である「時間と空間は絶対的」という概念をあっさりと捨て去り、相対的な時間と空間からなる相対性理論に行き着いた。アインシュタインの発想の起点は、実に単純だった。自分は光速で飛行するスーパーマンだとして、飛行中にヒゲを剃ろうと顔の前に手鏡をかざした。この鏡に果たして自分の顔は映るのだろうかと考え続けた。光が音のような波であるなら、鏡に顔は映らない。「そんなバカな!」とアインシュタインは直感した。

では、鏡に顔が映る物理システムとはどういうものだろうか。それを構築するために、「光の速度は、等速運動をするどの観察者から見ても一定である」という光速度不変の原理を設定した。速度を一定にするということは、速度は距離÷時間で計算するのだから、距離と時間を伸び縮みさせて帳尻を合わせなければ、生じる矛盾を解消できない。アインシュタインは、この大胆なアイディアを平然と受け入れ、それ以降、私たちは、空間と時間が移動速度に応じて伸び縮みする世界に生きている。

 

似非ハッカーは、なにもハックしていない

コンピューターというのは、無数のシステムを積み上げて作り上げた工芸品なので、「ハッカー」たちがこの世界に惹かれ集まってくるのは当然のことだ。「システムの目」をもったハッカーたちは、例外なくコンピューターのシステムの奥深くに潜り込んで、システムの構造を理解しようとする。理解をすると、痛点を発見して、その痛点を解消する新しいシステムを作り始める。しかし、「システムの目」をもっていなくても、コンピューターを使うことはできる。多くの人は、原理などわからないが、Wordで文章を書き、Excelで売上計算をすることができる。ここに「似非ハッカー」が入り込む余地が生まれてしまう。自分ではシステムを発見することも構築することもできないのに、他人が使ったシステムを利用だけする人たちだ。このような人たちは、往々にして、てっとり早く利益を得ようとする。他人が築き上げたシステムをコピーして得をしようとか、ゲームのパラメーターを書き換えて、ヒットポイントを1万倍に増やそうなどと考える。このような似非ハッカーが高じると、他人が発見した脆弱性を利用したり、他人が構築したマルウェア作成ツールを利用して、企業などに脅威を与えて、大金をせしめようと考えるようになる。

多くのハッカーたちが、このような輩をハッカーと呼ばないでほしいと考えている。クラッカーと呼ぶべきだという提案もある。しかし、法に触れる行為をするかしないかという観点からではなく、彼らは「システムを捉える目」をもっていないという点で、ハッカーではないのだ。護身用に設計されたピストルを使って強盗をする犯罪者、心身を鍛えるための武道の技術を使ってカツアゲをする不良少年と寸分違わない。なぜなら、このような人は何もハックしていないからだ。

ハッカーであるかどうかを見分けるグレアムの問い

コンピューターに関わる仕事をしているからハッカーというわけでもない。例えば、銀行の勘定システムを開発するシステムエンジニアはハッカーではない。既存のシステムの範囲の中で、いかに安全で確実な処理をするコードを書くかが彼らの技術であり、職人であるかもしれないがハッカーではないし、ハッカーである必要はない。ハッカーではないからといって、ハッカーより格下というわけでもない(ハッカーが世を忍ぶ仮の姿としてSEをやっていることはあるかと思う)。さて、これをお読みのあなたはハッカーだろうか。ぜひ、グレアムの問いを自問してみていただきたい。「あなたのハッキング経験を教えてください―――ただし、コンピューター以外で」。この問いに即答できる人だけが、ハッカーと名乗ることができる。

日本工業規格JIS X0001-1994 http://kikakurui.com/x0/X0001-1994-01.html

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