コインハイブ事件弁護団
主任弁護人 平野敬
(電羊法律事務所)

裁判の現状
報道でご存知の方も多いと思いますが、2020年2月7日、東京高等裁判所において、モロさんを被告人とする不正指令電磁的記録保管事件について罰金10万円の支払いを命じる逆転有罪判決が言い渡されました。これまで、多くの皆様に裁判費用を含むご支援をいただいてきたにもかかわらず、望む結果を出せなかったことを、弁護人として深くお詫びします。
我々は東京高等裁判所の判決を不服として、上告状を提出すべく準備を進めています。今後は最高裁判所において事件が争われることになります。
横浜地方裁判所の判決(無罪)
東京高等裁判所の判決(逆転有罪)
不正指令電磁的記録に関する罪
モロさんが罪に問われているのは不正指令電磁的記録保管罪(刑法168条の3)です。2011年に新設された、刑法の中では比較的新しい罪です。「ウイルス罪」と呼ばれることもありますが、狭義のコンピュータウイルスに限らず「不正指令電磁的記録」を広く処罰するものです。
(法改正の経緯については、弁護人が以前作成した講演資料をご参照ください)
立法当初から、本罪は濫用の危険が深く危惧されていました。「不正指令電磁的記録」を定義する条文が曖昧であり、処罰が捜査機関のさじ加減ひとつに委ねられる危険があるためです。情報処理学会は2011年6月に「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に対する要望を公表し、本罪の解釈運用が適正になされるよう要請しました。結局、立法審議過程で条文上の曖昧さは解消されませんでしたが、参議院を通過する際には付帯決議が付されました。付帯決議では「…捜査に当たっては、憲法の保障する表現の自由を踏まえ、ソフトウエアの開発や流通等に対して影響が生じることのないよう、適切な運用に努めること。」などが求められています。
残念ながら、このように立法過程でなされた議論や付帯決議は忘れ去られました。近年、立法当初の懸念は実現し、濫用と思われる摘発例が相次いでいます。2017年以降、コインハイブ事件をはじめ、Wizard Bible事件、アラートループ事件等など枚挙に暇がありません。その中ではしばしば威圧的な取り調べが行われ、多くは正式裁判を経ずに略式で罰金刑として処理されています。
高裁判決の影響
刑法は、「不正指令電磁的記録」を「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」と定義しています。要件に分解すると①反意図性、②不正性となります。
コインハイブ事件では、コインハイブが「不正指令電磁的記録」にあたるかという点が大きな争点のひとつでした。横浜地裁での無罪判決においては、反意図性が肯定されたものの、不正性が否定され、「不正指令電磁的記録」にあたらないとされました。これに対し、東京高裁の判決では一転して不正性が肯定され、「不正指令電磁的記録」にあたると判示されました。また反意図性については判断理由を改めています。
問題は高裁判決における理由付けです。弁護人は高裁判決には多数の問題点が含まれていると考えており、その内容を精査して上告手続内において主張していく予定ですが、たとえば次のような箇所は否応なく目を引きます。
「一般的に、ウェブサイト閲覧者は、ウェブサイトを閲覧する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行することは承認していると考えられるが、本件プログラムコードで実施されるマイニングは、ウェブサイトの閲覧のために必要なものではなく、このような観点から反意図性を否定できる事案ではない。」(10頁)
「不正指令電磁的記録が、電子計算機の破壊や情報の窃用を伴うプログラムに限定されると解すべき理由はないし、本件は意図に反し電子計算機の機能が使用されるプログラムであることが主な問題であるから、消費電力や処理速度の低下等が、使用者の気づかない程度のものであったとしても、反意図性や不正性を左右するものではない。」(13頁)
すなわち、ウェブサイトに設置するJavaScriptについて、それが「ウェブサイトの閲覧のため必要なプログラム」でなければ反意図性が肯定されてしまい、コンピュータの破壊や情報流出をおこなうものでなくても、リソース消費がどれだけわずかであったとしても、不正性は否定されないというのです。
この規範を形式的にあてはめれば、GoogleAnalyticsのような解析ツールやターゲティング広告についても当然に、「不正指令電磁的記録」にあたると判断できることになります。任意のウェブサイトオーナーや開発者をいつでも有罪とできることになります。影響範囲はJavaScriptにとどまらず、ネイティブアプリにも及び得ます。
むろん、高裁判決が出たからといって、ただちに解析ツール等の規制が進むわけではないでしょう。しかし警察の手には、その気になればいつでも任意の対象を、つまり「あなた」を摘発する権限が渡ります。自由はこうして蝕まれていきます。
コインハイブに対して賛否両論があることは我々としても承知しています。しかし、個々の支持不支持を超えて、この高裁判決が以後の先例として確立されてしまうことは絶対に防がなければなりません。
最高裁での争点
最高裁判所は憲法の番人です。上告審では、従前の主張をさらに補強することに加えて、憲法上の論点を厚く論じていく予定です。この中で中核的な論点のひとつとなるのが罪刑法定主義(憲法31条)です。
刑法は刑罰というペナルティを通じて市民の行動をコントロールしようとするものです。刑法が機能するためには「どういうことをしたら処罰されるのか」という基準が、あらかじめ市民に明確に示されていなければなりません。最高裁はかつて、徳島市公安条例事件(昭和50年9月10日)において次のように述べています。
「刑罰法規の定める犯罪構成要件があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反し無効であるとされるのは、その規定が通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を示すところがなく、そのため、その適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たさず、また、その運用がこれを適用する国又は地方公共団体の機関の主観的判断にゆだねられて恣意に流れる等、重大な弊害を生ずるからであると考えられる。」
「ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである。」
本罪の条文、また高裁判決が示した規範は、こうした憲法上の要請からも大きな問題があると考えています。
参院付帯決議は本罪について「憲法の保障する表現の自由を踏まえ、ソフトウエアの開発や流通等に対して影響が生じることのないよう、適切な運用に努めること」を求めました。この要請を死文化させてはなりません。
意見書のお願い
ようやく本題となりました。このたび、ウェブやセキュリティ関連企業をはじめ、IT業界でご活躍の皆様に、意見書の執筆をお願いいたしたく存じます。意見書は上告趣意書と合わせて最高裁判所に提出します。
目的は「業界内の声を直接届けること」です。高裁判決に示された規範が先例となってしまうとどのような不利益が生じるか、不正指令電磁的記録があいまいに解釈適用されていくことがどれほどソフトウェアの開発を萎縮させるか、現場や経営の立場から、実情をもとにご意見をお寄せいただければと思っています。
本件ではずっとウェブサイト閲覧者の意図が問題となってきたにもかかわらず、インターネットの仕組みやあるべき姿、ウェブ閲覧者の期待について議論が深まることはありませんでした。また最高裁における憲法上の論点としても、上記のとおり「通常の判断能力を有する一般人の理解」が重要となりますが、審理において一般のウェブ利用者の声を汲み上げる仕組みがありません。どうか、皆様のご意見を最高裁に届けさせてください。
なお、警察・検察や裁判所に対する罵倒や嘲笑など、過度の攻撃はお控えくださいますようお願いします。
【募集対象】
個人または法人。国籍、年齢は不問です。
意見書には住所氏名や所属を記載していただきますが、お許しのない限り、これを一般に公開することはありません。ただし、裁判所における事件記録の閲覧によって、第三者の目に触れる可能性はあります。
住所氏名や内容に関する不明点があった場合、弁護団からお問合せすることがあります。
【記載していただきたいこと】
以下は例です。すべてを記載しなくても結構です。
・経歴
・仕事や役割
・自分が本事件から受ける影響
・刑法168条の2・3や高裁判決に関する意見
【締め切り】
2020年4月1日午前0時まで。
ファイル送信の基準時です。原本送付はこの2週間後までにおこなってください。
【提出方法】
①意見書原本を作成したのち、それをスキャンしてPDFとし、以下のフォームにより送信してください。ハッカー協会で取りまとめたのち、弁護団と共有します。
②原本は郵便でハッカー協会宛にお送りください。
③意見書の公開を希望される方は、意見書のwordファイルをフォームからお送りください。公開希望範囲に応じて、住所、もしくは住所、氏名の両方を日本ハッカー協会にて削除した上で公開させて頂きます。
【意見書の様式】
定まったフォーマットはありませんが、以下に見本を示します。(送信用フォームにも同内容のテンプレートがダウンロード可能です)
本文のフォントは10.5ポイント以上(12ポイント推奨)で作成し、A4用紙で印刷した際に1~5枚となるようにしてください。複数枚となるときはフッタにページ番号を入れてください。本文中、図や表を挿入することもできます。
お手数ですが、意見書には押印または署名をお願いします(直筆署名の場合、押印は不要です)。なお、pdfの署名機能は使用しないでください。
意見書
令和2年3月31日
最高裁判所 御中
住所 東京都千代田区神田和泉町1-3-2-4
所属 株式会社●● ウェブ事業部
署名 [客家 鏡花]
私は株式会社●●に勤務するエンジニアです。現在40歳で、プログラミングを始めてから30年ほどになります。社内ではウェブ事業部の部長という役職にあります。ここでは主にJavaScriptを用いてウェブアプリケーションを制作しています。
私自身はCoinhiveを使ったことはないのですが、報道で一連の事件を知り、自分の業務と無関係ではないと考え、意見を申し上げます。
当社が制作しているアプリケーションは〇〇の用途に用いるものです。これは次のような仕組みで動いています……
Coinhive事件に関して、東京高裁では次のような判示がなされました……これを当社が制作しているアプリケーションにあてはめると、こう判断できます……つまり同様に反意図性や不正性が認定されてしまいかねず、「不正指令電磁的記録」と評価されてしまいます……
このように曖昧な基準による処罰が横行してしまうと、当社も新技術の開発に消極的にならざるを得ず、たいへんな萎縮効果があります……
【お問合せ先】
東京都町田市森野1-32-12森谷ビル2階
電羊法律事務所
弁護士 平野敬([email protected])
弁護士 笠木貴裕([email protected])
電話 042-860-6256
FAX 042-860-6257